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旧中山道歩きの第10回目。
今回は板鼻宿から安中宿を通って松井田宿の西松井田駅まで歩きました。
本厚木駅から飯山観光のバスで藤塚の一里塚まで行き、そこから歩き出しました。
この一里塚は江戸日本橋から28里目です。
途中に石仏や石塔がありました。
板鼻の町、昔の街道筋を彷彿とさせます。
手押しポンプも置いてありました。
交通信号にも「板鼻宿」との名が付いています。
板鼻公民館前に板鼻宿の石造り標識がありました。
籠の形をしており、この文字は海音寺潮五郎の書です。
公民館裏に皇女和宮が宿泊した書院がありました。
今は和宮資料館になっています。
現在の和宮。
碓井川の渡し場があった場所。
当時、夏は徒歩で渡り冬は仮橋を渡りました。
再度碓井川にかかる久芳橋を渡りました。
その先に浅間山が見えています。
浅間山の左手には妙義山、左端には山頂が平らな荒船山も見えていました。
安中小学校校門の脇に安中城址跡の碑がありました。
「安中城址」と刻まれています。
その先に安中藩の郡奉行宅がありました。
重厚な地方武家屋敷の造りを今に残しています。
そのそばに4軒長屋が復元されていました。
中流武士用です。
ここは愛宕神社。
前方後円墳の上に鎮座しています。
安中、原市の杉並木。
江戸期には700本余りの杉並木が続いていたようです。
国の天然記念物になっています。
八本木地蔵堂。
ここの地蔵尊像は霊験あらたかな秘伝として百年に一度御開帳されるとのこと。参勤交代でここを通る中山道の諸大名はここで下乗下馬したと言われています。
その先に日枝神社がありました。
本殿の前に神楽殿があり、ここをくぐって参詣するという珍しい様式の神社です。
妙義道の常夜燈。
台座には「是より妙義道」と刻まれており、妙義神社への参拝者の道しるべとなっていました。
妙義山が近くなり珍しく妙義山への道路標識がありました。
西松井田駅に到着。
妙義山が背景になっています。
駅脇に飯山観光のバスが待っていました。
この日の中山道歩きもここで終わり、厚木に向かいました。